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Summer memories [創作小説]

 日差しが強い。湿っぽく暑い空気の中、背中にじっとりとした汗を感じる。不運なことだが、風がまったくない。
 ここの潮風は気持ちいいのに。本当に残念だ。
 心頭滅却すれば何とやら。そんな人間の浅知恵など、燃えさかる夏の日に勝てはしない。
 そんなに自己主張しなくてもいいじゃん。
 俺は、強く輝く太陽を恨めしく睨んだ。
 ――コウちゃん。
 弾んだ声に呼ばれて振り返る。

 そこには『彼女』がいた。

 日の光を浴びて、彼女の笑顔はいつもより輝いて見えた。
 ――ねぇ、コウちゃん。ほら見て、綺麗でしょ?
 こちらに差し出された掌の上に、小さな貝殻があった。汚れのない、真っ白なそれは一目で美しいものだと感じることができた。
 さっきまでこれを探していたのか。
「綺麗だね」
 素直な感想を述べると、彼女は嬉しそうに砂浜をクルクルと舞う。海に磨かれた砂がリズミカルに鳴っていた。
 ――でもね、もっと綺麗なものがあるんだよ。
 もっと、と言われて興味を持つ。それ、そのものというよりは彼女と知識を共有したいという願いの方が、俺は強かった。
 食いついてきた俺に向かって、彼女は太陽にも負けないほどに眩しい笑顔を見せた。
 ――実は、私も見たことないんだけど。
「なんだよ、それ」
 拍子抜けだ。なんか急にやる気がなくなった。
 そんな俺の内情を察したのか、彼女は慌てて言葉を紡ぐ。どうやらここからが本題のようで、去っていこうと思った俺の腕を引っ張る。
 ――ずっと見たいと思ってたの。それが今年見られるの。だから……。
 こちらの腕を抱いて、彼女は俺を見上げた。不安そうに、上目遣いで。
 ――だから、コウちゃんと一緒に見たいな。

 そんな顔でお願いされて、断る奴がいるだろうか。いや、いない。
 少しだけ言い方に迷ったが、快諾の意を示そうと腕にくっつく彼女に笑いかける。彼女の体温が伝わってくると言うのに、不思議と暑さは感じなかった。
「じゃあ、一緒に見ようか? 」
 断られることを想像していたのか、ぎゅっと閉じていた目が大きく開かれる。そして、もう一度彼女のひまわりを思わせる笑顔も花開いた。
 
 ――じゃあ、約束だね!
 その約束に心が躍った。その日がくるのがとても楽しみだった。
 本当に、楽しみだったのに。

 なぜ、俺はなにも覚えていないのだろう。


 Summer memories 第一章 ~色の無い海~


 だめだ。やっぱり筆が進まない。
「まだ鉛筆しか使ってないのにな」
 水彩画を書こうとしているのに、下書きしか描かれていないキャンバスに向かって嘆息した。
 ここまでにするか、もうちょっと悩むか。
 イーゼルからちょっとだけ離れて、椅子に体重を預ける。天井を見つめながら、描こうとしている風景をそこに描いていく。
 ああ、だめだ。もうこの時点で白黒写真だ。
 その時、バキっという嫌な音が思考を止めた。
「へ? 」
 世界がひっくり返る。「いっ!? 」そして、目の前に火花が散った。
 まず感じたのは後頭部の強い痛み。そして、次に遠くなった天井の視界だった。
 さっきの音は老朽化した机の背もたれが折れたもので、床に頭を打った事実を認識するには少々の時間が必要だった。
「つ~。たんこぶできてるかな、これは」
 床に寝たまま、手を伸ばす。触った瞬間にヒリッとして、全身を震わせた。

「あんた、なにやってんの? 」
 頭の上からの声に視線を上げる。そこには見知った、呆れ顔が覗き込んでいた。
「おまえこそ、ここでなにやってんの? しずやかな」
「フルネームで呼ぶな! 」
 いつのまに美術室に入っていたのだろうか、静谷は真っ赤な顔で憤慨していた。
 姓が静谷で名前が佳奈。合わせてしずやかな。こいつはこのフルネームが嫌いだった。
 まぁ、小学生の時から実際の言動に似合わないこの名前を散々からかわれていることを知っているから、分からなくもない。ちなみに、俺もからかっていた張本人の一人だったりする。
「なんで、そうも怒るのさ」
「あんただって、わざわざフルネームで呼ばれたら嫌じゃないの。真田幸水」
 いや、俺はこの戦国武将みたいな名前気に入ってますから。
「静谷、部活は? 」
「先生の都合で休みだって。だから、あんたの様子見に来てあげたのよ」
「なんで、そんな偉そうに…………あっ」
 あることに気づいて、俺は言葉を止めた。静谷はまだ気づいていないが。
 ちなみにここまでの一連の会話、俺は寝転がった状態でしている。そして、静谷は頭のすぐ上に立っている。制服姿で。つまりはこういうことである。
 縞、か。
 俺の一瞬動いた視線。それでやっと気づいた静谷の顔が、さっきとは別の色彩で紅く染まった。
「見んな! 」
「ぐえっ!? 」
 視界一杯に広がった肌色と床に頭を挟まれ、喉から蛙のような声が出た。


「膝を落とすことはないだろう、膝を」
 あれは凶器だ、間違いなく。下手をしたら死んでいた。
「それに不可抗力だろ、あれは」
「あんたがさっさと起きればいいんでしょうが」
 それもそうだ。
 静谷の正論に、これ以上の抗議は止めておくことにした。たんこぶ二段重ねで済んだのだから、良しとする。
 鼻が潰れていないか、心配だ。骨は折れてないみたいだけど。
「静谷? 」
 そういえば、さっきから静谷が静かだ。いや、洒落じゃなく。もっと、口うるさく注意されるものだと思っていたが。
 振り向いて、その姿を探すと静谷はさきほどまでの俺と同じ視線でキャンバスは見つめていた。
「そんな下描き、見てもつまんないだろ」
「真田」
 名前を呼ばれるが、静谷はこちらを向いていない。どうするべきか悩んだが、とりあえず近寄った。
 こちらが声をかけようとしたら、静谷が口を開いた。
「また、夏が来たんだね」
「うん? そうだな」
 確かに夏に入ったが、どういう意味だろうか。
 言葉に詰まる俺を、振り返った静谷がじっと見つめる。
「今年は、完成させられるかな」
「ああ、そういう意味か」
 あまり見せることのない、静谷の真剣な表情に全てが合致した。静谷に愚痴ったりしないが、ここ五年ほど毎年のように苛立つ自分を見せている。だから、心配されているのだろう。
「どうだろ、分かんない」
「そっか」
 静谷はすぐにいつもの表情に戻った。
「で、今日はどうするの。帰るなら一緒に帰らない? 」
「そうだな」
 なぜか、いつもよりはしゃいでいる感じのする静谷の提案。さて、どうするか。
「もう少し、やってくよ」
「じゃあ、あたしも自主連してこよっかな」
 足下に置いた鞄を手にとる静谷の奥に、自分の絵が見えた。そういえば、何でまたコイツを描こうとしていたんだっけ。
 ふと、今日見た夢を思い出した。
「なぁ、静谷」
「なぁに」
 鞄を背中に回して、肩の上で支える静谷はにこっと笑った。
「おまえ、俺をコウちゃんって呼んだことあったっけ?」
 俺の疑問に、ちょっとだけ考える様子を見せたがすぐに首を振った。何を馬鹿なことを、といった様子で。
「あんたの名前のどこにコウがあるっていうの」
「さ・な・だ、ゆ・き・み・ず。あ、本当だ」
 なぜか指を折りながら自分の名前を言う俺に静谷は小さく嘆息すると、扉の方へ駆けていった。活発なやつだ、もう少し名前を見習った方がいいと思う。
「そうだ」
 扉から半分顔を出した所で、静谷は立ち止まった。そして、こちらを見る。
「もう一回来るつもりだけど、一人で帰るならさっさと帰るか、とことんやってから帰りなさいね」
 チラリと、時計を見る。今は授業終わり一時間。つまりは四時だ。
「そうね、日も長くなってるから五時間くらいでいいんじゃない? 」
「そんなにやったら、ひからびるぞ」
 最近はマシになってきたから、わざわざ夜に帰らなくてもいいっていうのに。俺の一言に笑いながら、静谷は慌ただしく美術室を去っていった。

 キャンバスに正対する。そこに描かれている線はまさしく頭の中にある風景そのものだった。
 崖と砂浜と海。
 五年前から、この絵を描きたくて描くようになった。それも夏の日に。しかし、いつも色をつけることができないのだ。
 水平線まで広がる青、夕焼けに染まるオレンジ。
「……今、ちょっと気分が悪くなったな」
 想像した景色に体が反応する。これでは、静谷に心配されてもしかたがない。
 とにかく、何か色をつけようと思えばつけられるのだが、思いついた色全てが違うような気がして筆を入れることができないでいた。
 一度、緑色で塗ろうとしたっけ。
「今年はどうだろうな、本当に」
 俺はイーゼルからキャンバスを外す。もし描けるとしても、今日では無い。新しく、絵を描く準備をしながら俺は小さく笑った。

「さて、今日は何を描こうかな」


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
結構前に考えた恋愛系ADV向けに書いていた「Summer memories」のプロローグに当たる部分です。第1章、というのはコンセプトと舞台が一緒なのがもう1つあるからです(キャラしかできてないのを含めれば、もう1つ)。
絵を描いてくれる人がいたら、多分作っていたと思うくらいに当時は熱入って書いていました。熱しやすく、冷めやすいのは僕の悪い所です。

今でも絵を描いてくれる方は募集中です(ぉぃ)。予定、ヒロイン三人(削りました)。立ち絵、イベント絵の枚数は少なめに調整します←本気募集。

この前、これ(mixiに登録されている方はどうぞ)を用意した時にマイミクさんから反応があったので書いてみました。
しかし、慣れないジャンルと一人称は予想以上に大変ですね……。痛感。

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