SSブログ
Twinkle Lights ブログトップ
前の1件 | -

Twinkle Lights ~願いは流星とともに~ 第六話「ピンクのガーベラ」 [Twinkle Lights]

「おお」
 目覚まし時計を手に、洋介は感嘆の声を漏らした。これに頼らずに自分で起きることができたのは久しぶりだ。
「昨日はあいつ、早く寝たもんなぁ」
 話に付き合いすぎて夜更かししてしまう自分のせいなのだが、ライツが出会ってはじめて早寝をした昨日は洋介も彼女と出会う以前の就寝時間に床につくことができた。ライツの様子を見ようと、彼女の寝床に近寄る。
「あれ?」
 机の上に置いた、彼女の為に用意した籠の中にライツの姿がなかった。周囲を見渡す。すると、部屋のドアが開いていることに洋介は気づいた。
「僕、閉めなかったけ?」

 階段を降りると、リビングでテレビを見ている母の姿があった。起きてきた洋介の気配を感じたのか、織絵は首だけを彼の方に向けた。
「おはよう。今日は早いのね」
「おはよ。何見てんの?」
 彼女の背中越しに画面を確認する。学生服の男が二人、がっちりと握手を交わしている。彼らの顔についた傷と血を夕焼けが照らしていた。話している台詞から、敵対していた相手と殴り合ったことで友情に昇華した場面のようだ。
「ずいぶん古いドラマだね」
「こういう暑苦しいの、時々見たくなるのよね」
「ふ~ん」
 適当に相づちを打ちながら、お茶でも飲もうと台所に向かう。その途中、目に入った光景に驚き立ち止まる。
「ほう」
 目を輝かせながら、母の前に座って同じ映像を見ているライツがそこにいた。かなり集中しているようで、洋介が来たことにも全く気づいていないようだった。

 ああいうのが好みなのか、あいつ。

Twinkle Lights~願いは流星とともに~

第六話 「ピンクのガーベラ」


「あれ?」
 教室に入った洋介は自分の記憶とは違う景色に首を傾げた。いつもなら、視界の中に静かに本を読んでいる少女の姿が目に入るのだが。彼女の机をちらりと横目に見ながら、洋介は席についた。
 なんか、普通に登校できたの久しぶりだなぁ。
「よっ」
 後ろからかけられた声に振り返る。そこには知也の笑顔があった。朝練帰りなのだろう、水でも浴びたのか髪型が少々乱れている。
「ん? 今日は井上いないのか」
 知也も洋介と同じ事が気にかかったらしく、横を見ながら首を傾げる。それほど、「まだ来ていない」ということが気にかかるぐらい彼女の一日は規則正しかった。鞄もないことを確認すると、知也は一息吐く。
「珍しいなぁ」
 彼は小学校も優花と一緒である。その頃から変わらない生活態度を知っている為か、反応は洋介よりも大きかった。
 だが、すぐに何もなかったかのように洋介の方を向くと喜々として語り出した。
「そういえばさ、知ってるか。隣町で変な事件があったってよ」
「変な事件……て、駅前の集団昏睡のことでしょ」
 集団昏睡、とは家から自転車で一時間ほどの所にある大きな駅を使っていた人々が急に眠るように倒れたという話だ。あれは確かガス漏れかなんかで決着したはずである。
 「何だ知ってるのか」と知也は不満げな顔をする。
「あれに巻き込まれてたら、テスト受けなくても良かったかな」
「一日だけ休んでもな。しかも、倒れた人って誰も目覚めてないんでしょ。今日のサッカーもできないよ」
「それは盲点だ!」
 本気で驚く知也に洋介は乾いた笑いを浴びせた。そんなやりとりをしていると、不意に知也が黙り込んでこちらを見てくる。
「なぁ、澤田。さっきから視線合わさないのなに? いじめ?」
「え? ―そんなこと、ないと思うけど」
 だが、彼の視線は再び泳ぐ。意識して知也の方を見るこうしないと、どうしても注意がそれてしまうのだ。彼のさまよっていた視線の先には、坊主頭の男子に乗って少し伸びた髪の毛を興味深そうに突っつくライツがいた。
「つんつくつん」
「あれ、なんか頭がかゆい?」
 「うわー、不潔だ」と周囲に笑われている彼の頭上でライツは一緒になって笑っていた。
「いや、やっぱおまえ目逸らしてるだろ」
「だって、ねぇ」
 だってなんだよ、と睨む知也に洋介は愛想笑いを浮かべた。その間にもライツは別の同級生の側で悪戯しようとしていたので気が気ではない。
 洋介は這うことを覚えた赤子を育てている母親の気持ちを、これでもかというぐらい味わっていた。

 時は流れ、放課後を告げるチャイムが鳴り響いている。そんな時間になっても、優花の席は空席のままだった。昨日の体調不良が悪化したのかもしれない。
 休むなんて、ますます珍しいな。
「澤田」
「あ、はい」
 背後からよく知っている声で呼びかけられた。そこには担任の江川が立っている。彼は、手にしたA4大の封筒と紙を洋介に差し出した。意味も分からず受け取った後に洋介はその意を問いた。
「これ、井上の家まで届けてやってくれないか?」
「僕がですか?」
「本当なら無理するなと言いたいんだが、譲らないらしくてな。頼んだよ」
 どうやら、優花に江川が頼んだ仕事だそうだ。彼は自分で進める準備をしていたが、井上家から連絡があったらしい。今日は金曜日、土日があるから月曜日に提出するということだ。約束を反故にはできない、なんとも彼女らしい行動だと洋介は思う。
「でも、僕井上さんの家知らないですよ」
「え、本当に」
 江川は心底驚いたという様子で洋介に確認してきた。今までろくに交流も無かった相手の家を知っていたら、ストーカーだろう。もちろん、本当に知らないと洋介は答えた。
「おかしいな。じゃあ、なんで井上は……まぁ、いいや」
 何かを言いたそうだったが、江川は彼女の住所を洋介に伝えると職員会議に向かって去っていった。事態が理解できず立ち尽くす洋介と、その上から彼の持っている荷物を眺めているライツを置いて。
「?」
「なに、それ~」

「それで、優花さんの家まで来たわけですが」
「誰に喋ってるの?」
 もちろんライツだよ、と答えて洋介は一つ嘆息した。さて、どうするか。まともに話したのが昨日がはじめてな級友―しかも、女の子の家にお邪魔する経験など皆無な洋介はただ立ち尽くしていた。
「おっきいなぁ」
 立派な様相の家屋を見上げるその姿は、端から見ればさぞ不審であろう。今の洋介はまるで忍び込む建物を物色している新米の空き巣だ。そんな彼の姿を見つけた女性が彼のもとに近寄ってきた。それを知らない洋介の背中から彼女は声をかける。
「あの、もしかして澤田君?」
 ビクン、と反射的に体を震わせた洋介は慌てて振り返り頭を下げる。
「すみません!決して怪しい者じゃないです!」
 その拍子に頭の上にいたライツが「ふえ?」という音と共にひっくり返り、そのまま転げ落ちていく。地面にぶつかる直前でふんわりと宙に浮かび、ゆっくりと着地する。そして、その女性を興味深そうに眺めていた。
 目の前にいるのは長い髪の女性である。薄めに化粧をしたその顔から判断すれば、年の頃は24、5といったところだろうか。そんな感じで観察していた洋介は、相手も同じような顔をしてこちらを見ている事に気づく。
「あの、なんでしょう?」
「あ、うん。あなたが澤田洋介君ね」
 洋介はこくん、と頷く。愛想良く微笑んだ彼女は言葉を続ける。
「私、井上さんのところで時々家事を手伝っている平田良美です。わざわざ、ご苦労様」
「いえ、別にそんなことないですよ」
 緊張気味に答える彼に微笑みながら良美は門の鍵を開ける。そして、開いたそれから一歩奥に入った所で立ち止まり、洋介を中に促す。
「どうぞ」
 そんな彼女に、洋介は勢いよく首を振った。
「いや、僕はすぐに帰りますから。これを届けに来ただけですし」 
 突き出された封筒を見ながら、彼女は思案するように首を傾げる。そして、堪えきれないといった様子で微笑むと右手の人差し指を洋介に向けた。
「それは受け取ってもいいんだけどね。優花さんの用事だから。でも、そっちは君の用事でしょ?」
 彼女の指摘に洋介は言葉を詰まらせた。
 「直接渡した方がいいんじゃないかしら」指を差されたのは封筒と一緒に手にもっていた、桃色に染まる一輪の花だった。優花が病欠であったことを知り、手持ちの小遣いで買ってきたお見舞いの品である。
「それにお客様をそのまま帰したら、私が井上家に怒られます」
「そういうことでしたら……お邪魔します」
 遠慮がちに彼女の横を通る洋介を見守りながら、良美は今日の事を思い出していた。


「優花さん、起き上がったらだめでしょ」
 寝間着姿で廊下を歩いていた優花を発見した良美は頬を膨らませた。彼女にしては珍しく弱った表情で頭を下げる。
「学校に連絡したくて。すぐに戻るから」
「本当に?あなたはいつも無理するから……」
 「大丈夫だから」と答えて、自分の部屋に戻っていく優花。ドアノブに手を触れたところで、なにかを思い出したように良美の方を振り返った。
「良美さん、少し頼まれてくれますか?」
 どうしたの、と応えると優花は力なく笑って言葉を続けた。
「同級生の子が私の為に来てくれるので、失礼のないよう応対してくれませんか?」
 その言葉を多少の驚きを持って良美は受け止めた。彼女との付き合いは4年ほどになるが、客が来ることはあっても呼ぶことはなかった。
 どうも、家を見られることに嫌悪感を抱いていることに気づいたのは最近だ。
「じゃあ、早く帰ってきた方がいいわね」
 良美はこれから一度大学に戻らなければならなかった。どういう人が来るのだろうか、と内心興味を抱きながら彼女に訪ねた。
「本人かどうか確認したいから、名前教えて」
 そして、その返答に良美は再び驚くことになる。

「澤田洋介っていう、男の子よ」


 本当に男の子が来たなぁ。
 良美は感慨深げに少年を眺めていた。家族同様に思っている少女の新しい面を知れた喜びが彼女の中に生まれていた。
「あの、何か?」
 立ち止まっている良美を不安に思ったのか、洋介はじっと彼女の方を見た。良美は取り繕うように微笑むと、再び彼を促した。
「あれ、帰らないの?」
 用事を済ませた後にアイスを買う約束をしたために―実は財布は空で買えないのだが、ライツは洋介の顔の前に現れた。前が見えない洋介は一つ嘆息すると、彼女の体を掴む。
「ちょっと寄っていくから。ライツも優花さんに会いたいだろ?」
「うん、わかった」
 彼女が頷いたのを確認すると、洋介はそのまま頭の上に手を持って行った。そんなライツが見えない者から見たら滑稽な動きをしている良美は眉根を寄せる。
「どうしたの? なにか都合の悪いことでもあったかしら」
「いや、なんでもないです!」
「ふわ!?」
 洋介は高速で首を振る。ライツはまだ座っていなかったので、その振動でバランスを崩し再びそこから転げ落ちていくのであった。

「Twinkle Lights~願いは流星とともに~」 目次へ


にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
投票お願いします。

感想等はコメント欄にいただけると嬉しいです。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:キャラクター
前の1件 | - Twinkle Lights ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。